微生物は縁の下の力持ち

―画期的な微生物培養法で軟弱地盤の強化に成功―

発表のポイント

◆軟弱地盤中に生息する複雑な微生物を制御して、炭酸カルシウムの形成を促進する嫌気培養法を突き止めた。

◆日本各地から採取した軟弱地盤試料で培養法の適用性が確認され、微生物炭酸カルシウム形成の効果で液状化対策に必要な強度が達成された。

◆微生物固化技術は建物下に培養液を広く注入することで、建物を利用したままで地盤改良できる技術になると期待される。

発表概要

 地盤は家庭を築く上でも、経済活動を行う上でも不可欠な土台であり、近年の地震や土砂災害により地盤に潜む危険の認識が進んでいる。特に砂を主体とする若い地層が液状化現象(1)により、地盤と共に建物が沈下することが懸念されており、現行の対策としてセメントや水ガラスにより地盤を固める対策が施されている。自然では炭酸カルシウム(2)を作る微生物の働きで地層が硬くなり、砂を主成分とする地層を長期間安定に固められていることが知られる。地盤中の微生物による炭酸カルシウム形成を人為的に促進する方法の確立が望まれており、これまでは地上の好気条件で培養した微生物を地盤に添加する方法(3)が試みられてきたが、地盤中で酸素が欠乏するため適用性に問題があった。東京大学大学院理学系研究科の鈴木庸平准教授の研究グループは、地盤中の微生物を酸素が欠乏する条件で増殖させ、炭酸カルシウムを形成させる培養方法を見出した。その後、ケミカルグラウト社との共同研究において、日本各地の軟弱地盤(4)から採取した試料に、その嫌気培養方法を適用した。その結果、試験を行った全ての軟弱地盤で、地盤中に生息する複雑な微生物を制御して炭酸カルシウムを形成させ、液状化対策に必要な強度を満たすことに成功した。加えて、微生物固化が水の流れを抑制する効果も明らかになった。本研究により微生物を地盤強化に用いる際の課題が解決され、現行の対策では困難な建物下に培養液を広く注入して固化できる点や、水の流れを抑制する(5)ことで有害物質を封じ込める点から、新たな技術として注目される。現場試験するための研究開発を現在進めており、早ければ来年度からの現場実証試験の開始を目指している。

発表内容

 人間活動の拠点は交通の便などの理由から、沿岸域や川沿いに集中する傾向があり、その地域では水の流れで運搬された砂が地盤に多く含まれる。この砂からなる形成年代の若い地層は、近年顕在化する大型台風や巨大地震により地盤の崩落や沈下の危険が認識されているが、大規模な土木工事から費用がかかるため対策が進まないのが現状である。液状化を起こす軟弱地盤の対策として、水ガラスやセメントを地盤に注入して固める技術が用いられているが、注入が困難な建物下や水道管などの構造物がある地下への対策に課題があった。自然では微生物による炭酸カルシウムの形成により、砂から成る地層が長期間安定に固められていることが知られるが、この微生物作用は長い年月をかけてゆっくり固まると考えられている。地盤中に炭酸カルシウムを形成する微生物を添加して固める方法が検討されていたが、地盤中では酸素が欠乏するため添加した微生物の活動が抑制され、固化する範囲が狭いことが問題視される。加えて、地盤中に元来存在しない微生物を外部から導入することへの懸念もあった。そのため、地盤中に生息する微生物を酸素が欠乏する条件で増殖させ、炭酸カルシウム形成により短時間で固化する技術が課題解決の鍵であった。

 

 東京大学大学院理学系研究科の鈴木庸平准教授の研究グループは、地下深くに生息する微生物の生態や微生物が形成する鉱物の研究を行っており、地下深くで一般的な酸素が欠乏する条件で微生物が炭酸カルシウムを形成する培養法の開発に成功している。一方、ケミカルグラウト社は軟弱地盤の地盤改良(注6)や汚染地盤の微生物浄化(7)で数多くの施工実績を有し、共同研究『革新的微生物固化技術の地盤改良への適用検討』を行っている。ケミカルグラウト社が保有する日本各地から採取した軟弱地盤試料に、無酸素条件での培養法を適用した結果、地盤試料中に元来含まれる微生物が増殖し、炭酸カルシウムを形成することが全ての試料で認められた(図1A)。また、微生物による炭酸カルシウム形成が地盤強度に与える影響を定量化するため、一軸圧縮試験(注8)を円筒状に成型した試料に対して行ったところ、液状化対策に必要な強度に固められていることが明らかとなった(図1B-C)。固まる原理として、砂粒子間の隙間を炭酸カルシウムで埋めているためと考えられ、その効果により水の通し安さの指標である透水係数についても円筒状に成型した試料で測定した結果、透水係数が著しく下がっていることも明らかとなった。

 

 セメントや水ガラスが数時間で固まるのに対して、微生物固化は数日から数週間程度かかるため、建物下に培養液を広く注入することが可能で建物を利用したままで地盤改良できる技術となり得る(図2)。加えて、培養液の成分のほとんどは食品添加物で有害物質を発生しないため、環境に調和した地盤強化が行える点も魅力である。形成する炭酸カルシウムは多様な有害物質を取り込む性質も加味すると、本技術が汚染物の封じ込めと地下水の水質浄化を両立する効果も期待される。室内から屋外で試験するための研究開発を現在進めており、早ければ来年度からの現場実証試験の開始を目指している。

図1:培養後の炭酸カルシウムと微生物を含む粒子の透過光の顕微鏡写真(A)、蛍光による顕微鏡写真(B)、走査型電子顕微鏡写真と元素マッピング像の合成図(C)、軟弱地盤の円筒状に固化した試料の一軸強度試験時の写真(D)、樹脂埋めした固化試料の断面写真(E)。Aで炭酸カルシウムは光を透過して透明に、Bで微生物はDNA染色剤により緑に光って見える(白矢印)。Cは赤が砂の成分のケイ素(Si)の分布、緑は炭酸カルシウムの成分のカルシウム(Ca)の分布をそれぞれ示す。

 

図2:本研究の技術を用いた軟弱地盤の改良のイメージ図。

 

建物内に持ち込んだ機械により削孔を行い、その孔内に薬剤を一定の間隔ごとに注入する。注入された薬剤の効果により、地盤中にもともといた微生物が活性化され、その働きによりカルシウム鉱物の析出が始まる。微生物の増殖に伴い、カルシウム鉱物が析出した改良範囲が拡がり、固化体ができる。その結果、地盤が強化される。

ケミカルグラウト株式会社から提供されたCGを改変)


発表者

東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻

 鈴木 庸平 (准教授)

 福田 朱里(特任研究員)

用語解説

注1 液状化現象

地震等で強い衝撃を受けた地盤の粒子がバラバラになり、地盤が液体のようなドロドロの状態になること。

 

注2 炭酸カルシウム

真珠や珊瑚の骨格の材料で、石灰岩の主成分。カルシウム強化のための食品添加物としても用いられている。

 

注3 地上の好気条件で培養した微生物を地盤に添加する方法

ウレアーゼ活性をもった微生物が尿素を加水分解し、生成した炭酸イオンとカルシウムイオンが結合して炭酸カルシウムを生成するため、地盤固化への利用に向けて研究開発が用いられてきた。尿素の分解で生成するアンモニアが悪臭を放つこと、外から微生物を持ち込むこと、酸素が届く表層1 m程度しか固められないこと等が実用化の問題となっている。

 

注4 軟弱地盤

水分を多く含む柔らかい地盤で、建造物の重さに耐えきれず沈下する恐れや地滑り、土砂崩れの危険性がある。

 

注5 水の流れを抑制する効果

地盤試料中に新たに生成した炭酸カルシウムが砂の粒子間を架橋したり、炭酸カルシウムが間隙を埋めることで水が流れにくくなる効果。

 

注6 軟弱地盤の地盤改良

地表面をセメント系固化剤で固める方法や、固化剤を部分的に表層から注入して固める方法、部分的にセメント固化剤等の杭状補強体を施工する方法、地中に鋼製の杭を打ち込む方法により、軟弱地盤を止水したり構造物を安定化する改良。

 

注7 汚染地盤の微生物浄化

地盤中の汚染物質を微生物を用いて分解する浄化。例えば揮発性有機化合物(VOCs)では水素を発生する浄化剤を地中に注入して、地下微生物を活性化させてVOCsを分解する。

 

注8 一軸圧縮試験

円柱や直方体の自立する供試体を横からの支持がない状態で縦方向に圧縮し、圧縮応力(圧縮する力に対する部材内部の力)を求める試験。地盤改良工事の品質管理の際に改良地盤を用いて実施される試験の一つ。

研究助成

本研究は、ケミカルグラウト社との共同研究「革新的微生物固化技術の地盤改良への適用検討」の支援により実施されました。

研究に関する問い合わせ先

東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 

准教授 鈴木 庸平(すずき ようへい)

特任研究員 福田 朱里(ふくだ あかり)

Tel:070-3179-8571 E-mail:yohey-suzuki(at mark)eps.s.u-tokyo.ac.jp